《本と映画》自分の家で死ぬという希望と覚悟

2019.11.01コラム

当コラムでは、不定期でおすすめの本や映画を紹介いたします。今回のテーマは在宅医療。本と映画を併せて鑑賞することで、日本の大きな状況と、在宅医療の実際の双方をうかがい知ることができます。

  • 本『死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者』小堀鷗一郎・著(みすず書房)
  • 映画『人生をしまう時間(とき)』下村幸子・監督・撮影(配給:東風)

人生の最終段階における医療

本書『死を生きた人びと』は、13年の間に355人の看取りに関わった訪問診療医が、事例を通して伝える在宅医療の「現在」である。著者の小堀鷗一郎医師(1938年生まれ)は、外科医として東大病院などに40年間勤務し、定年退職後、埼玉県新座市の堀ノ内病院に赴任した。そこで初めて、「医師が患者宅を訪問することによって成り立つ在宅医療というジャンル」に出会い、80歳を超えるいまも同院に勤務する。

副題にある「訪問診療」とは、国が定める医療行為の費用体系において、医師が計画的・定期的に患者の自宅等を訪問して行う診療をいい、緊急・臨時的な対応である「往診」とは区別される。年齢にかかわらず行われるものだが、対象は通院が困難な患者に限られる。そのため、積極的な治療が望めない、衰弱の進んだ高齢者や悪性疾患の末期の患者などが、「生活上の制限を受けずに住み慣れた環境で暮らし続けたい」「過剰な医療を受けたくない」などの理由から、入院とは別の選択肢として訪問診療を選ぶケースも多い。

本書に登場する患者も後期高齢者が主で、いずれのケースでも遠くない死が予想されている(最も若いのは62歳のがん末期の患者)。小堀医師らが担当した訪問診療の患者671名の平均診療期間は4年6か月。つまり本書のテーマは、「人生の最終段階をどのように生き、どのように最期を迎えたいのか」、また、「周囲の人間は、患者本人をどのように支えたらいいのか」という問題である。

自分の生死にまつわる問題であっても、私たちは思いどおりに決められるわけではない。事例では、多くの人が在宅での療養や死を望みながら叶えられない。それはなぜか。本書は、その背景にある個人的・社会的、心理的・物理的な要因を分析する。

事例はあくまでもある特定の個人のものであるが、同時に、この国に生きる私たちに共通の条件を明らかにする。やがて死を迎える者として、また、患者を支える家族や医療者・介護者として、誰もが経験することである。それぞれの場面を読みながら、「自分ならどうするのか」ということを私たちは問われることになる。

人が死ぬということ

「病院死」と「在宅死」では何が違うのか。――訪問診療医として活動を始めて数年後、小堀医師は、担当する老衰の女性患者(101歳)を入院させることになった。当初は在宅看取りの方針であった長男が、死期が近づいて寝入ったまま目を覚まさない母親の漏らすかすかな息遣いを聞き、「可哀想で耐えられない」として急遽入院を希望、医師はその意向に従う。入院後は中心静脈栄養による栄養管理を行い、肺炎を併発したため気管切開・人工呼吸器を装着する。その結果、女性は10か月余りを集中治療室で生き続けることになる。

人生の最終段階における医療について、医療機関と在宅との大きな違いは、その目的にあるという。病院などの医療機関では、救命・根治・延命が診療の主目的となり、積極的な治療法がない場合でも検査や投薬が行われ、一定の処置が施される。一方、在宅医療では、看取りを前提とする場合、苦痛の除去が主目的となり、医療上の処置も抑制される。急変に際して救急車を要請するかどうかの判断次第で、最期の迎え方が大きく変わる可能性がある(ただ、著者によれば、その決定は家族だけでは難しく、「患者を日頃診療し、患者・患者家族の希望を熟知している医師が行う必要がある」)。

小堀医師は、「彼女(女性患者)が迎える“望ましい死”とは、家族、主治医、介護関係者に囲まれて、小柄な体を丸めて横たわっていた10か月前の死であったはずである」と考える。これをきっかけに、「患者や家族の意向に全面的に従うことが必ずしも患者本人の希望を代弁することにはならない」として、訪問診療を担当する患者や家族に自らの経験に照らした見解を伝えるようになる。人はどのように死を迎えるのか、ということである。

患者が食物や水分を口にしないのは、老衰でものを飲みこむ力がなくなったからである。食べたり飲んだりしないから死ぬのではなくて、死ぬべきときが来て食べたり飲んだりする必要がなくなったと理解すべきである。(本書13頁)

 

このような状態で病院に入院させて胃瘻を造設したり、点滴によって水分とか栄養を補給すると、患者の限界にきた心臓や肺に負担がかかり、患者自身もつらい思いをするし、周囲の目にはむくみなどの徴候が明らかになる。(本書14頁)